小笠原ホエールウォッチング協会イルカガイドライン

                                                                       2004-4-26
マルベリー 吉井信秋

小笠原ホエールウォッチング協会のイルカに関するガイドラインです。
(全文転載)


はじめに

 小笠原ではホエールウォッチング(主にザトウクジラとマッコウクジラを対象とした)に関する自主ルールはあったものの、
同じ鯨類を対象としたドルフィンスイミング(主にミナミハンドウイルカとハシナガイルカを対象とした)に関しては、
これといったルールはなかった。
これに対し、小笠原ホエールウォッチング協会には、ウォッチング業者やドルフィンスイミングを体験した観光客、島民など、
様々な人からドルフィンスイミングに関するルール作りを早急に整備すべきとの意見が寄せられていた。
 小笠原観光の将来を考えると、その立地環境条件などから、
必然的に自然を相手としたプログラムを主体とした観光メニュー作りを促進することとなるが、
ドルフィンスイミングはその中でも中核をになうメニューとなるであろう。
理想的にはこのプログラムはエコツーリズムの考え方に則ったものとなることが望ましく、
ドルフィンスイミングに参加した人たちがイルカを通して自然に親しみ、自然保護の意識を高揚できるような組み立てとしたい。
自然を相手とした観光メニューの中でも、ドルフィンスイミングは正真正銘の野生のイルカを相手とした、
ある意味特殊なプログラムであり、通常の自然観察とは大きく異なる側面を持っている。
さらに、海洋という場所で船舶を使ってツアーが催行されることを考えると、相当の危険性をも持ち合わせている。
起こりうる危険を出来る限り排除し、野生のイルカの暮らしを妨げないように最大限の配慮を持たせたツアーを催行するには、
冒頭に述べたように何かしらのルールが必要なことは明白である。
このような意味で、このガイドラインが関係者によって適切に利用されることにより、
ドルフィンスイミングが安全で楽しく、かつ自然保護にもつながる、エコツアーのお手本となるようなものとなってほしい。
 このガイドラインは、現段階では「ドルフィンスイミング業者のガイドライン」、「旅行者のガイドライン」、
「宿泊業者等のガイドライン」、「観光案内者のガイドライン」と4つのセクションに分けて作成したが、
全てのガイドラインが違和感なく調和して守られてこそ最大限の効果が生まれるものと思われる。
小笠原村の提唱する「持続可能な観光産業の形成・エコツーリズムの推進」という課題に対応し、
ドルフィンスイミングが将来にわたり小笠原を代表するエコツアーとして誇れるようになるためにも、
各場面でこのガイドラインが生かされることを願ってやまない。

                                                       2002年3月
                                                       小笠原ホエールウォッチング協会

●ドルフィンスイミング業者のガイドライン

1.乗客の安全を第一に考えた状況判断をする
 小笠原の沿岸海域は海流が早く地形も複雑で、場合によっては多くの危険をともないます。
風の強さ、波や潮流の大きさなどを総合的に分析し、ドルフィンスイミングの可否を判断する。
判断に際しては決して無理をすることなく、乗客の安全を第一に考えたツアーを組まなくてはならない。
少しでも危険な要素がある場合には、勇気を持ってスイミングは中止し、船の上からの観察を楽しむべきである。

2.乗客の健康状態をしっかり把握する
 ドルフィンスイミングは体力の消耗が予想以上に激しく、急な体調の変化をもたらすことがある。
乗客の身体状況や精神状態をこまめにチェックするとともに、十分な休息をとるなど、無理のないツアーを組み立てる。
また、万が一に備え、救急薬品類などを常備する。

3.乗客の遊泳能力を見極める
 乗り合いで催行するツアーには、参加者各人の遊泳能力に大きな違いがあることが予想される。
主催者はあらかじめ、ドルフィンスイミング経験の有無、水中めがね・シュノーケル・足ひれの使用経験の有無などを確認し、
遊泳能力を把握してからツアーを開始する。
ツアーの一番最初に、能力チェックを兼ねたスイミングの実地練習を行うことは、
乗客にとっても安心感が得られ、ツアーを成功させるのに効果的である。

4.ガイドがコントロールできる範囲内の人数でスイミングを行う
 ドルフィンスイミングを行う乗客を確実にコントロールするためには、乗客と一緒に泳ぐガイドが必須である。
また、ガイドの人数や状況により、スイミングを行う乗客数を制限するなど、コントロールの効く範囲でドルフィンスイミングを行う。

5.遊泳者と操船者との連絡を確実にとる
 操船者が遊泳中のガイドや乗客との連絡を確実にとれるようにすることは、安全管理の面で欠かせないことである。
海の上では声の通りが悪いので、ジェスチャーを使って連絡を取り合うなど工夫をこらし、
確実に意志疎通がしあえる体制を整える。

6.ツアー参加者への十分なレクチャーを行う
 ツアーの前後にレクチャーを行うことは、楽しみを倍増させるとともに、安全管理の面からも重要である。
イルカをきっかけとして小笠原の自然や文化などの魅力を伝えることは、リピーターを増やす上でも大切である。

7.他船(他事業者)との譲り合いの精神をもって乗客の安全を確保する
 船舶どうしの接触や、ドルフィンスイミング中の乗客と船舶との接触が決して起こらないように、
ドルフィンスイミングが行われている場所では船の速度を落とし、十分な安全確認を行うとともに、
船舶間で連絡を取り合い、譲り合いの精神をもって安全確保に努める。

8.イルカへの配慮を最大限に考えたツアーの組み立てをする
 イルカの自然な行動を妨げるような行為は決して行ってはならない。
餌をあげたり、イルカの体に触ろうとしたりすることはもちろん、大きな人工音を発するなどの行為はしない。
ガイドは群の構成や状態をよく観察した上で、スイミングの可否判断などを行い、
乗客にも適宜イルカの状態についての解説を行うことにより、イルカへの配慮の理解を得るよう努める。
イルカが人間を嫌がるような行動が見られたときには、すぐにスイミングを終える。

9.イルカが休息中のドルフィンスイミングは控える
 南島周辺の海域などは、ミナミハンドウイルカの休息場所となっていることが多い。
イルカの動きをよく見極めて、休息中の場合は群を攪乱しないような観察に止めるなどの工夫をして乗客を楽しませる。
また、親子連れにはなるべく積極的に接近しないようにする。

10.しつこくイルカを追いかけない
 イルカがドルフィンスイミングを嫌っているにもかかわらず、何度もエントリーすることや、
数時間にもわたってイルカの群を追いかけることは、間違いなくイルカの正常な暮らしを妨げている。
ガイドはイルカの反応を詳しく観察し、適切なタイミングでドルフィンスイミングを終えること。
長時間にわたるドルフィンスイミングは、乗客の体力が消耗することにより危険性も上がる。

11.科学的な最新情報を常に入手する
 科学的な調査に基づいた知識が常に入手できる体制を整備し、最新知見をふんだんに盛り込んだプログラムを展開することは、
乗客に大きな満足を与えるとともに、イルカへの配慮にも大きく役立つ。

12.乗客にメッセージをうまく伝える技量を身につける
 どんなにガイドの知識が豊富でも、乗客に伝えるテクニックが未熟であればツアーの魅力は半減してしまう。
インタープリテーションテクニックなどを身につけることにより、飽きずに高度なメッセージを乗客に伝えることが望まれる。

13.自分の催行したツアーを評価する
 乗客へのアンケートなどを実施することにより自己評価を行うことは、ツアープログラムそのものの質的向上に大きく貢献し、
観光地としての魅力アップにつながる。
 
●旅行者のガイドライン

1.健康管理をしっかり行う
 ドルフィンスイミングは予想以上に体力を消耗するので、体調を崩さないように前日くらいから健康管理を心がけること。
特に寝不足やお酒の飲み過ぎなどは大敵なので控えるように注意することが望ましい。
また、ドルフィンスイミング中に体調変化を感じたときは、無理せず十分な休息をとること。

2.自分の遊泳能力をよく知る
 変化に富んだ小笠原の海は、泳ぎに自身のある人でも危険に感じることがある。
自分の遊泳能力を過信することなく、シュノーケリングの練習をするなど事前の準備を怠らず、ドルフィンスイミングに望むこと。
また、どんな場合でも、泳ぐ前には準備体操を行い、体をアップさせること。

3.イルカについてよく知ろう
 小笠原の沿岸に暮らしているイルカの生態などについて、
事前によく調べておくことはツアーを楽しむ上でも、安全管理の面でも大切である。
イルカは野生動物であることを良く理解した上でドルフィンスイミングを行わなくてはならない。

4.自分にぴったりのツアーを選ぼう
 ドルフィンスイミングのツアー内容は各事業者により様々なので、予約時に詳しいツアー内容を聞き、
自分の体力や希望にあったツアーを選択することが望ましい。

5.イルカの嫌がる行動をしない
 イルカに出会ったらイルカの自然な行動を妨げるような行為は決して行ってはならない。
餌をあげたり、イルカの体に触ろうとしたりすることはもちろん、大きな人工音を発するなどの行為はしない。
また、海に入る際にはなるべく大きな音を立てないようにゆっくりと入ることが望ましい。

6.ガイドの指示に従い周辺状況の把握に努めること
 ドルフィンスイミングを行っている間は、イルカに気を取られて、周辺の状況を見失いがちである。
ガイドの指示に従うことはもちろん、ツアーから逸脱した行為は慎むこと。
自分の乗ってきた船とガイドを見失わないよう、常に周辺状況にも注意をはらうこと。

7.イルカを通して小笠原の自然を知ろう
 イルカだけではなく、イルカが生活している小笠原という大自然そのものを感じよう。

●宿泊業者等のガイドライン

1.宿泊施設も観光ツアーの成否を問う重要な役割であることを自覚する
 観光客は宿泊施設にいるときに訪問地の情報収集をすることが多く、
適切な観光ツアーの紹介が行われることは観光地としての魅力を倍増させる。
宿泊業者はその役割をしっかりと自覚し、小笠原に滞在する観光客へ積極的に情報発信をすること。

2.イルカやドルフィンスイミングをよく知ること
 ドルフィンスイミングを催行する当事者ではないにしろ、イルカに関する知識やツアー内容を良く理解し、
宿泊客に楽しく説明できる技量を身につけること。
小笠原にやって来た観光客の期待感を高めることは重要な役割であり、リピーターのアップにもつながる。

3.宿泊客の健康管理を気遣うこと
 ドルフィンスイミングは日頃慣れない船の上で1日を過ごし、足のつかない海で泳ぐという、体力的にも精神的にも消耗するツアーである。
寝不足やお酒の飲み過ぎに陥らないよう、宿泊業者も注意に働きかける。

●観光案内者のガイドライン

1.ドルフィンスイミングが野生生物を対象としたツアーであることを伝える
 ドルフィンスイミングを目的とした旅行者は、イルカと遭遇する願望が強いばかりに、
イルカが野生の動物であることを忘れてしまいがちである。
観光案内者は、ドルフィンスイミングはイルカの生息域に足を踏み入れるものであり、
その生活を脅かさないよう最大限の配慮がなされたツアーであることを正確に伝えなくてはならない。

2.ドルフィンスイミングを持続的に運営する
 観光案内者は、ドルフィンスイミング業者や乗客の意見、さらには科学的な調査に基づく知見などを統括して、
ドルフィンスイミングのツアーが適切に行われているか常にモニタリングを行う。
その結果を有効活用し、
乗客の安全確保とイルカへの配慮がバランス良くとれた持続可能なドルフィンスイミングの運営を目指さなくてはならない。


  
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