父 島 戦 跡 資 料
                                                                           060507改
                                                                    MULBERRY

父島の経緯
1923(T12) 陸軍父島要塞司令部を設置
1937(S12)・4 洲崎に海軍飛行場が完成
1944(S19)・5 第三十一軍を新たに第百九師団に編成
1944・7 小笠原兵団とし、大本営直轄に                                

1944・6ごろより 米軍の空襲や艦砲射撃による攻撃はじまる
1944・7 強制疎開完了(6886名・軍属として825名残留)
1944・7 浜江丸が境浦にたどり着き座礁
1945(S20)・3 硫黄島玉砕  戦没者20129名
1945 父島兵力 陸軍 9000名以上  海軍約6000名   計 約15000名
     母島兵力 陸・海 約6000名 *小笠原諸島戦没者 4410名(海没を含む)
1945-8-15敗戦 小笠原諸島は地上戦は行われず  
1945−1968-6   米軍占領(欧米系をのぞく一般島民の帰島は不可)

戦跡コース
@夜明山周辺
  海軍通信隊壕・海軍高角砲陣地・陸軍高射砲隊陣地・山砲・トロッコ跡など。

A扇浦・洲崎
  珈琲山高角砲・小港岬平射砲台・洲崎格納庫跡・境浦爆撃機残骸
  海軍振分山砲台など

B清瀬・大村周辺
  宮の浜震洋隊・釣浜震洋隊・釣り浜口陣地跡・海軍設営隊陣地・
  大神山平射砲台・望楼跡・(弾薬庫・重油庫)など

C夜明道路
  長崎探照灯・旭平マスタング残骸・初寝壕群・長谷師団司令部跡
  時雨榴弾砲砲台・中央山陣地・境浦山上榴弾砲陣地
#参考文献:「長期滞在者のための小笠原観光ガイド」・小笠原高校講座「父島巡検」資料他


                                                     Bonin Explorer  MULBERRY  000329
 代表的な戦跡
<石碑・碑>
・要塞神社:大根山付近に石碑のみ。神社は西町の人家奥。
         S17ごろ建立。要塞神社の祭り5/14・15
・海軍石標 :夜明平・夜明山に海軍1−12まで。
・碑文:師団指令部壕内の貯水槽に左官の記録として。
・慰霊碑:109師団高射砲隊戦没者慰霊碑。夜明山・防災無線鉄塔付近。
・209設営隊戦没者之碑 清瀬信号付近
   :海軍209設営隊の戦没者を弔う S20年建立。
    付近の壕が居住区
・陸軍野戦病院戦病死者慰霊碑:大滝巽道路沿い 
   :百数十人の戦病死者を弔う。
・陸軍要塞地帯標:各所に
・第二魚雷艇隊戦没者慰霊碑:大根山墓地公園に

<探照灯>
・長崎岬付近:格納庫と探照灯。
        直径約1.5m。二見湾を照らす。レールでの移動式。
        その他:振分山・珈琲山・天文台付近。

<電波探信儀>
・中央山・天文台付近:固定式  
・衝立山:車載式

<戦闘機残骸>
・境浦付近:急降下爆撃機 SB2C カーチス・ヘルダイバー
       乗員2名。翼可動式。空冷14気筒42655cc。長11mx幅15mx高5m。
・旭平付近:戦闘機 ノースアメリカン  P51D マスタング
       乗員1名。翼固定。水冷12気筒。長さ10mx幅11mx高さ4m。

<大 砲>
・ 十年式十二糎高角砲
      :海軍の対空砲火器。駆逐艦用を陸用に転用。油圧式。
       口径12cm。砲身5.4m 
      「所在」コーヒー山、夜明山。
・ 八八式七糎野戦高射砲
      :陸軍の標準移動式の海岸要塞固定砲。トラックで牽引。
       使用時には5本の脚で固定。口径7.5cm。砲身3.3m
      「所在」夜明山109師団陣地、洲崎格納庫、千尋岩など
                *八八式とは皇紀2588年(S2年)を意味する。
・三八式十二糎榴弾砲
     :陸軍の牽引式。砲身後座式装輪砲架。野戦重砲。
     「所在」朝立岩・境浦山上  *三八式は明治38年
・四五式二十四糎榴弾砲
     :陸軍の要塞砲
     「所在」時雨。

<山 砲>
・ 四一式山砲
      :歩兵連隊砲。運搬時には分解。
       口径7.5cm。砲身1.3m 
       「所在」夜明山・中央山
         *四一式とは明治41年をさす。

<防空壕・陣地>
・震洋隊壕    釣浜(第1) 宮の浜(第2) 中海岸(第5)
    :海軍特攻隊震洋隊壕・格納庫
     零四(まるよん)艇;特攻艇。ベニヤ製ボート。長さ5m。1人乗り。
               自動車エンジン。弾2発装備。
               出撃はなく、終戦。
・要塞砲砲台  陸軍第一−四砲台
    :第一 宮の浜住宅地  現存なし ただし砲は時雨に1門残る。  
     第二 ウェザーステーション付近 砲台のみ一部現存
     第三 大根崎付近 砲台のみ現存。  第四 大根崎付近  砲台のみ現存。
・海軍振分山陣地  振分山山頂付近
     :平射砲台・防空砲台・探照灯
・時雨要塞砲陣地  時雨ダム付近
     :三八式二十四糎榴弾砲。
・海軍303設営隊陣地(電信山山上;奥村上と釣浜口)
     :数百人が居住。 居住室、上官室、水槽、かまどなど
     *上外部(山上)の見張り場への接続通路あり。 
・大神山陣地(大神山中腹)
     :海軍第22平射砲台の陣地。
       居住室、水槽、かまど、高角砲、発電機室。 
     *壁に砲員名簿あり(45口径11年式12センチ砲・射、旋、尺、一−六、伝)
・夜明山海軍通信隊壕(夜明山中腹)
     :海軍通信隊倉庫兼兵舎。
     *幅5m・高さ4m・全長240mのループ状。
・夜明山109師団陣地(夜明け山南峰直下・南方)
     :陸軍109師団高射砲隊陣地。
      棚、高射砲、鉄扉、監視所、砲台?水槽。 
・海軍夜明山陣地
     :海軍高角砲陣地。
     *高角砲、砲台、かまど、水槽、小屋。
・初寝壕群(宇宙開発事業団付近)
     :陸軍陣地
      *傾斜地のため、階段によって立体的構造。
・長谷師団司令部壕(長谷道路沿い)
     :109師団司令部。内部はかなり長い。
      居住室、貯水槽、かまど、鉄扉など。 
     *碑文、鍾乳石、立体構造。
・小港岬(コペペ海岸右側先端部)
      :海軍高角砲壕。外海の絶壁に突き出している。
      *十四糎高角砲砲身、砲台跡。 
・大根山墓地
      :陸軍独立歩兵308大隊第4中隊トーチカ
・朝立壕
      :旅団司令部?巽湾と小港方面の両方を望む
     *三八式十二糎榴弾砲砲架2台

<その他>
・陸軍野戦病院跡   大滝森林内。
       :施設はなし。医療具のみ若干散乱。付近に追悼碑。
・浜江丸       境浦。
    :輸送船。播磨造船所製。大連汽船所有。5419t・121m長・16m幅
     サイパン付近で被弾後、S19年7月ごろに座礁。
・海軍通信隊跡    清瀬釣浜口「望楼」・夜明山
    :夜明山は戦時中、空襲により被弾。廃墟が残る。
                  *被弾後は地下で通信を継続。      
     清瀬は戦後に爆破。跡地のみ。   *昭和天皇の行幸で訪問。      
・弾薬本庫      清瀬保健所裏。(現在は閉鎖。支庁管理。)
    :3つの壕が並列。壁2重・ドア3重。
     内部は、銅板張り。幅5m・長さ36m・高さ3m。
・海軍重油倉庫   高校下。(現在は高校の管理で施錠。)
    :3つの壕が並列。内部にタンク。
     タンクは、40mx10mx10m・3000k?貯蔵。
・清瀬隧道    波止場前から清瀬信号付近まで。
    :もともとは車道。戦時中は避難場所・壕・兵器庫として利用。
・海軍墓地    奥村。
    :S21年建立。海軍の戦没者(16名)を弔う。
・振分山格納庫跡、海軍飛行場跡地
    :飛行場は、現在の自動車練習場付近。滑走路1500m(建設当時)
     格納庫は、豆腐岩付近の海岸沿い。連絡通路でつながって3個所。
      1機ずつ格納が可能。
     * 1個所の入り口のみ露出。高射砲、井戸、工事部材。


#参考文献:「長期滞在者のための小笠原観光ガイド」・小笠原高校講座「父島巡検」資料他

                 
                                 以上。